2026年9月10日。
横浜スタジアムに集まったベイスターズファンの前で、ひとりの若き捕手がついにその瞬間を迎えた。
古市尊、プロ初本塁打。
打球は迷いなく左翼席へ吸い込まれ、雨に濡れたハマスタの空気を切り裂いた。
その一振りは、ただの1点ではない。
ただの初ホームランでもない。
“覚悟”と“努力”と“恩返し”が詰まった、24歳の物語の結晶だった。
この記事では、
・古市尊という選手がどんな道を歩んできたのか
・なぜこの初本塁打が特別なのか
・捕手としての哲学
・同級生トリオとの絆
・ベイスターズでの未来予想図
これらを掘り下げていく。
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◆1 古市尊という男──香川から横浜へ、曲がりくねった野球人生
古市尊は2002年6月15日、香川県丸亀市に生まれた。
野球を始めたのは6歳。父が少年野球の監督をしていたこともあり、自然と野球に触れた。
しかし、ここから順風満帆な野球人生が始まったわけではない。
●中学時代──野球に“冷めていた”少年
古市は中学生の頃、硬式のリトルシニアに所属していたが、実はこの時期、野球への情熱が薄れていたという。
父からの厳しい指導。
期待とプレッシャー。
10代の心には重くのしかかる。
本人はこの時期を「黒歴史ですよ」と笑うが、
この“冷めた時間”こそ、後の爆発的な成長の伏線になっている。
●高校時代──捕手への転向、そして人生を変えた父の一言
高松南高校に進学した古市は、1年時は外野手。
2年から捕手へ転向する。
そして高2の進路選択の時期、古市は野球を辞めようとしていた。
そんな息子に、父は初めて「頼み事」をした。
> 「可能性があるかぎりプロ野球を目指してほしい」
この一言が、古市の人生を変えた。
ここから古市は“覚醒”する。
練習量は増え、チームメイトを鼓舞し、勝利にこだわるようになった。
しかし、コロナ禍で甲子園は消えた。
ドラフトでは指名されなかった。
それでも古市は折れなかった。
> 「逆にもっとプロに行きたいと思った」
この言葉に、彼の芯の強さがすべて詰まっている。
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◆2 徳島インディゴソックス──独立リーグで磨かれた“捕手の基礎”
ドラフト指名がなくても、古市はプロを諦めなかった。
大学でも社会人でもなく、最短でプロを目指すために独立リーグを選んだ。
徳島インディゴソックスに入団した古市は、そこで地獄のような日々を過ごす。
●「大変だった思い出しかないですよ」
徳島にはプロ注目の投手が多く、球の質もレベルも段違い。
捕るだけで精一杯。
ブロッキングも必死。
毎日が野球漬け。
それでも古市は逃げなかった。
結果、1年目で
・41試合出場
・盗塁阻止率.571(リーグトップ)
という圧倒的な数字を残す。
この“肩”こそ、古市の最大の武器であり、NPBへの扉を開く鍵となった。
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◆3 西武ライオンズ時代──「おかげさま」の精神を刻んだ3年間
2021年ドラフト会議。
古市はついに埼玉西武ライオンズから育成1位指名を受ける。
ここで古市は、捕手としての哲学を手に入れる。
●中田祥多コーチから授かった金言
古市が今も大切にしている言葉がある。
> 「抑えてもピッチャーのおかげ。『おかげさま』の心でやれ」
> 「打率0割でも勝率10割のキャッチャーならレギュラーを取れる」
この言葉は、古市の野球観を根本から変えた。
捕手は投手が投げてこそ仕事が成立する。
自分が目立つためではなく、投手を立て、勝利に導くために存在する。
この“謙虚さ”と“献身性”こそ、古市尊という選手の核だ。
●支配下登録、そして苦難
2023年に支配下登録。
一軍で29試合に出場したが、捕逸によるサヨナラ負けなど、苦い経験も味わった。
しかし、古市はその度に強くなった。
2025年には打率.444を記録し、打撃面でも光を見せる。
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◆4 DeNA移籍──人的補償として横浜へ
2026年1月8日。
桑原将志のFA移籍に伴う人的補償として、古市は横浜DeNAベイスターズへ移籍した。
背番号は60。
この移籍は、古市にとって“勝負の年”となった。
●二軍での成長、そして再昇格
5月に一軍昇格するも、リード面で課題を残し一度抹消。
しかし二軍では
・打率.287
・2本塁打
・17打点
と結果を残し、7月に再昇格。
そして7月18日のヤクルト戦。
深沢鳳介をプロ初完封に導き、自身も移籍後初安打となる二塁打を放つ。
捕手として、打者として、確かな成長を見せた。
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◆5 そして迎えた2026年9月10日──プロ初本塁打
雨のハマスタ。
同級生の井上朋が2試合連続の2ランを放った直後。
古市は初球、142キロの高め直球を完璧に捉えた。
打球は左翼席へ一直線。
プロ初本塁打。
●ヒーローインタビューでの言葉
> 「完璧でした」
しかし、古市が最も喜んだのは本塁打ではない。
> 「キャッチャーとして試合に勝ったことでホッとしています」
この言葉に、古市の本質がある。
彼は“勝てる捕手”を目指している。
ホームランはあくまで副産物。
勝利こそが目的。
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◆6 同級生トリオ──度会隆輝、井上朋との絆
古市、度会、井上朋。
この3人は同学年であり、よく食事に行く仲だ。
井上朋は言う。
> 「同級生、みんな必死にやっている。お互いの活躍はうれしい」
古市も語る。
> 「同級生3人でチームを引っ張っていけたらいいな」
この“同級生トリオ”は、今後のベイスターズの象徴になる可能性がある。
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◆7 捕手としての哲学──「おかげさま」と「人間性」
古市は捕手として、
・守備力
・人間性
を最重要視している。
●コミュニケーション能力の高さ
古市は、投手陣からの信頼が厚い。
人当たりが良く、細かい気配りができる。
加藤健バッテリーコーチは言う。
> 「相手をリスペクトする姿勢が素晴らしい」
相川監督も絶賛する。
> 「狙い球、タイミング、駆け引きの部分が長けている」
捕手として必要な“データ×感性”のバランスが非常に高い。
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◆8 打撃改革──村田修一監督からの助言
古市は守備型捕手だが、DeNAでは打撃も求められる。
村田修一二軍監督からは
・打球速度
・長打への意識
を強く求められた。
古市はスイング軌道を変え、
前のポイントで強く引っ張る打撃を習得しつつある。
この改革が、初本塁打につながったことは間違いない。
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◆9 古市尊という“人間”──素直で、子どもっぽくて、真面目で、明るい
取材では、古市はよく笑う。
明るく、素直で、少し子どもっぽい。
本人も言う。
> 「ふざけながら楽しくやれるのが僕の持ち味っスね」
しかし、野球に対しては誰よりも真摯だ。
> 「現役生活は今しかない。やれるときにとことんやらないと後悔する」
この言葉を聞けば、誰もが古市を応援したくなる。
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◆10 ベイスターズ捕手陣の競争──戸柱、松尾、古市
現在のベイスターズ捕手陣は
・戸柱恭孝
・松尾汐恩
・古市尊
の3人。
古市は言う。
> 「バチバチな感じではない。みんな助けてくれる」
この“協力しながら競争する”空気は、ベイスターズの強みだ。
そして山本祐大のトレードにより、古市のチャンスはさらに広がった。
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◆11 古市尊の未来──“勝てる捕手”として横浜の中心へ
古市はまだ24歳。
捕手としてはここからが本当の勝負だ。
強肩。
俊足。
バットコントロール。
コミュニケーション能力。
謙虚さ。
そして「おかげさま」の精神。
捕手として必要な要素を、彼はすべて持っている。
初本塁打は、ただの通過点だ。
古市尊は、横浜DeNAベイスターズの未来を担う捕手になる。
そう確信できる夜だった。
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◆12 最後に──古市尊の初本塁打は、ファンに何を見せてくれたのか
古市の初本塁打は、
・努力の証明
・父への恩返し
・仲間との絆
・捕手としての矜持
・横浜での未来への宣言
そのすべてが詰まった一振りだった。
雨のハマスタで放たれた白球は、
古市の過去を浄化し、
現在を照らし、
未来を切り開く光だった。
古市尊は、これからもっと強くなる。
もっと頼られる捕手になる。
もっと愛される選手になる。
そしていつか、
横浜の中心で、
チームを勝利へ導く“ハマのゴツ市”になる。
その日を、ファンは心から待っている。
【プロ初本塁打】古市尊、横浜に吹いた“覚醒の風”──捕手として、ひとりの野球人として、歩み続けた24歳の物語