タコ箱漁師の家系に生まれた北海道の少年は、2025年、球団史上ダルビッシュ有以来18年ぶりとなる沢村栄治賞を手にした。北海道日本ハムファイターズのエース・伊藤大海。東京五輪の金メダル、WBC世界一、そして2年連続の開幕投手。「ミスター・ホワイトスモーク」と呼ばれる男の、原点から頂点までの物語。
タコ箱漁師の家系、鹿部町で生まれて
伊藤大海は1997年8月31日、北海道茅部郡鹿部町の生まれ。祖父と父がタコ箱漁師という家系の次男として育った。父は元プロ野球選手・盛田幸妃と同級生であり、伊藤は幼少期に盛田から直接指導を受けたこともあるという。北海道の海とともにある暮らしの中で、野球少年・伊藤大海の原点が形づくられていった。
駒大苫小牧から一度は退部、それでも諦めなかった道
小学校では「鹿部クラップーズ」、中学は「函館東シニア」でプレーし、甲子園の常連校・駒澤大学附属苫小牧高等学校へ進学。2年春の第86回選抜高等学校野球大会に出場し、初戦で完封勝利を挙げるという実績を残した。
その後は駒澤大学硬式野球部に進むが、「4年間プレーするビジョンを描けなかった」という理由で1年時の10月に中途退学するという決断を下す。しかし野球への情熱は消えることなく、苫小牧駒澤大学(現・北洋大学)に再入学。3年時には大学日本代表の抑えを任されるまでに成長した。一度は挫折しかけても、諦めずに道を切り拓いてきたことが分かるエピソードだ。
2020年ドラフト1位、"北海道移転後初"の快挙で日本ハムへ
2020年ドラフト会議で、伊藤は北海道日本ハムファイターズから1位指名を受ける。契約金1億円、推定年俸1500万円での入団。特筆すべきは、日本ハムが北海道に移転して以降、初めてとなる北海道出身のドラフト1位選手だったということだ。地元・北海道への特別な思いを持つ伊藤にとって、これ以上ない巡り合わせだったに違いない。
新人タイ記録、23イニング連続奪三振
プロの世界でも、伊藤は即座に結果を出した。2021年3月31日、対埼玉西武戦でプロ初登板・初先発を果たすと、6回4安打1失点、8奪三振という見事な内容。さらに初登板から23イニング連続奪三振というNPB新人タイ記録を樹立し、球界に衝撃を与えた。この年は規定投球回に到達し、10勝9敗・防御率2.90でパ・リーグ新人特別賞を受賞している。
2年連続2桁勝利、そして東京五輪へ
2022年も10勝9敗1ホールド1セーブ、防御率2.95という成績を残し、新人から2年連続の2桁勝利を達成。これは球団34年ぶりの快挙だった。同時にプロ初セーブも記録するなど、投手としての幅も見せている。
この年、伊藤にとって大きな転機となったのが東京オリンピックだ。当初のメンバーには入っていなかったが、菅野智之の代役として急遽選出される。準決勝・決勝ではともに中継ぎとして登板し、2試合とも無失点という見事な救援で、日本代表の金メダル獲得に貢献した。
「#追いロジン」が生んだ大きな反響
この東京五輪では、伊藤の人間味あふれるエピソードも話題を呼んだ。準決勝でロジンバッグを何度もつけすぎているという指摘を受けたが、本人は気にすることなく再びロジンをつける姿が中継で映し出される。汗をかきやすい体質であることを自らユーモアを交えて発信し、「#追いロジン」というハッシュタグとともにSNSで大きな反響を呼んだ。実力だけでなく、こうした人間味も伊藤大海というキャラクターの魅力の一つになっている。
WBC世界一、物議を醸した判定でも動じず
2023年のWBCでも、伊藤はリリーフとして日本代表を支えた。準々決勝のイタリア戦、判定を巡って大きな物議を醸した場面があったが、そんな中でも好リリーフを展開。決勝では3者凡退に抑える見事な投球で、3大会ぶりとなる世界一に貢献した。同年のレギュラーシーズンは7勝10敗、防御率3.46という結果に終わったが、代表戦での活躍は色褪せることがなかった。
2024年、初タイトル獲得──最多勝・最高勝率
2024年、伊藤はキャリアの新たな段階へと進む。26試合に先発し、14勝5敗、防御率2.65という好成績。パ・リーグ最多勝利と最高勝率(.737)という、プロ入り後初となるタイトルを獲得した。さらに4完封、3試合の無四球試合を記録するなど、まさに"エース"と呼ぶにふさわしい安定感を見せつけたシーズンだった。
2025年、沢村賞──球団18年ぶりの快挙
そして迎えた2025年、伊藤大海はキャリアの頂点を極める。27試合に先発し、14勝8敗、防御率2.52、リーグ最多となる195奪三振を記録。2年連続の最多勝利と、初となる最多奪三振の二冠を達成し、投手として最高の栄誉である沢村栄治賞を初受賞した。これは日本ハムの球団史において、2007年のダルビッシュ有以来18年ぶり2人目の快挙である。
受賞にあたり、伊藤はこう心境を語っている。
「ピッチャーとして憧れていた賞であり、目標にしてきた賞」
そしてこう振り返った。
「シーズン中の試合はチームの勝利を目指して必死に投げた」
新庄監督やチーム関係者、家族、ファンへの感謝を述べたうえで、今後への抱負をこう語っている。
「この賞をいただいた喜びをかみしめつつ、さらなる高みに到達するため、今後も日々のトレーニングに励んでいきたい」
2026年、2年連続の開幕投手
沢村賞投手となった伊藤は、2026年シーズンも変わらずチームの中心にいる。3月27日、対ソフトバンク戦(アウェー)で2年連続となる開幕投手を任され、5月には月間MVPを受賞するなど、名実ともにパ・リーグを代表するエースとしての地位を確立している。
6種類のスライダー、最遅53km/hのスローカーブ
投球フォームはオーバースロー、右投左打。最速154km/hのストレートに加えて、特筆すべきはその変化球の多彩さだ。厳密には6種類ものスライダーを使い分け、さらにスプリット、カーブ、チェンジアップ、ツーシーム、カットボールと多彩な球種を操る。中でも最遅53km/hを計測したスローカーブは、緩急を武器にする伊藤大海の投球術を象徴する一球と言えるだろう。一方で、クイックモーションを苦手とする課題も抱えている。
愛称は「ヒロ」「ミスター・ホワイトスモーク」
人物像としては、幼少期から日本ハムのファンであり、ダルビッシュ有の熱心なファンでもあったという。愛称は「ヒロ」「ひろみん」、そして汗をかきやすい体質にちなんだ「ミスター・ホワイトスモーク」。プロ入り前の2019年10月にはすでにYouTubeチャンネルを開設し、野球のトレーニング法などを積極的に発信。同僚の吉田輝星も「YouTuberとして気になっていた」と語るほど、早くから注目される存在だった。
2023年結婚、2025年に第一子誕生
プライベートでも、2023年12月15日に一般女性との結婚を発表。2025年12月15日には第一子となる男児の誕生を発表している。奇しくも結婚発表とちょうど2年後の同じ日に子どもが誕生するという、運命的な巡り合わせだった。
総括──北海道の海から、日本球界の頂点へ
タコ箱漁師の家系に生まれ、大学を一度中退するという遠回りを経ながらも、諦めずに掴んだプロの座。新人記録、2度のオリンピック・WBC代表、2年連続最多勝、そして沢村賞。伊藤大海のキャリアは、挫折してもなお前を向き続けることの大切さを体現している。2026年のシーズンも、そしてその先も、北海道が生んだこのエースの投球から目が離せない。