2026年9月時点で106試合に出場し、打率.288、自己最多となる7本塁打、34打点。東京ヤクルトスワローズの増田珠は、プロ9年目にしてキャリアハイを更新し続けている。さらにファン投票によるオールスターゲーム初選出という栄誉も掴んだ。「自分のことではないような感覚。まさか出られると思っていなかった」と本人も驚く飛躍のシーズンだ。だがこの結果に至るまでには、2023年オフの戦力外通告、そして語学留学まで考えたどん底の日々があった。「マスオー」の愛称で親しまれる男の、苦闘と再生の物語。
ソフトボールから始まった野球人生
増田珠は1999年5月21日、長崎県長崎市生まれ。野球を始めたのは小学1年生、地元の「稲佐青空」でのソフトボールがきっかけだった。中学時代は「長崎シニア」に所属し、投手兼外野手としてプレー。この頃から才能の片鱗を見せ、U-15野球ワールドカップの日本代表に選出されると、4番打者としてチームを牽引した。
横浜高校で見せた圧巻の長打力
強豪・横浜高校に進学すると、1年生の夏から早くもレギュラーの座を掴む。3年夏の神奈川県大会では大会新記録タイとなる4戦連発を含む5本塁打を放つという離れ業を演じた。甲子園でも実力を発揮し、通算3試合で打率.455(11打数5安打)という高い数字を残している。高校時代から、増田の長打力は際立っていた。
ドラフト3位でソフトバンクへ
2017年ドラフト会議、増田はソフトバンクホークスから3位指名を受けてプロ入り。2019年9月28日に一軍初出場を果たすと、2022年7月17日にはプロ初安打・初本塁打を記録した。しかし、それ以降大きくブレイクすることはできず、2023年10月28日、ソフトバンクから戦力外通告を受けることになる。
「どこからも声がなければ語学留学するつもりだった」
戦力外通告という現実を前に、増田は将来について真剣に悩んだという。本人はこう振り返っている。
「どこからも声がかからなかったら、海外へ語学留学しようと思っていた」
プロ野球選手としてのキャリアに区切りをつけることまで考えていたことが分かる、正直な言葉だ。しかしそんな増田に声をかけたのが、東京ヤクルトスワローズだった。
「野球の神様が『まだ野球を頑張れ』と」
2023年11月17日、ヤクルト入団が発表される。この時の心境を、増田はこう表現している。
「野球の神様が『まだ野球を頑張れ』と言ってくれた」
崖っぷちで掴んだ、まさに最後のチャンス。ここから増田珠の再生の物語が始まる。
限られた機会の中で──2024年、2025年の積み重ね
移籍1年目の2024年は52試合に出場したものの、打率.207、本塁打2本と結果を残せず苦しんだ。しかし腐ることなく努力を続け、2025年には出場試合数を75試合まで伸ばし、打率.233を記録。特筆すべきは代打での活躍で、47試合に代打として出場し、打率.350という高い数字を残している。増田はこの時期の心境について、次のように語っている。
「与えられるチャンスは決して多くない。限られた機会の中で結果を残さなければ道は開けない」
一軍に居続けることの厳しさを知る男だからこそ出てくる、重みのある言葉だ。
プロ9年目、初めての開幕スタメン
そして迎えた2026年3月27日のDeNA戦。増田はプロ入りから9年目にして、初めて開幕スタメンでスタメン出場を果たす。打順は5番。開幕から一軍登録を外れることなくシーズンを戦い抜き、打率.281、7本塁打、34打点という、キャリアで最も充実した成績を残すことになる。
「あきらめず、野球から逃げなくて本当によかった」
開幕スタメンを果たした日、増田は込み上げる思いをこう言葉にした。
「これまで苦しいことやつらいこともたくさんありましたが、あの時にあきらめず、野球から逃げなくて本当によかった」
語学留学まで考えた戦力外通告から、わずか数年でのスタメン定着。決して平坦ではなかった道のりを思えば、この一言に込められた重みは計り知れない。
自己最多7本塁打、オールスター初選出――9年目の飛躍
開幕スタメンを掴んだ増田は、そこからさらに結果を積み上げていく。9月時点で106試合に出場し、打率.288、出塁率.346、長打率.379、自己最多の7本塁打、34打点という成績を記録。9月4日のDeNA戦では4打数4安打・全打席出塁という固め打ちを見せるなど、シーズン終盤まで高い打率をキープし続けている。
そして7月、増田はファン投票によるオールスターゲームへの選出という、プロ9年目にして初めての栄誉を手にする。本人はその驚きをこう語っている。
「自分のことではないような感覚。まさか出られると思っていなかった」
「次の日からファームだな」という緊張感の中で
キャリアハイを更新し続ける今も、増田の中には常に危機感がある。
「この打席で打てなかったら、次の日からファームだな」
そう語るように、一つ一つの打席を後がないつもりで戦ってきた結果が、この飛躍のシーズンにつながっている。技術面での手応えについても、次のように述べている。
「ボールに負けなくなってきた」
そして、たとえ結果が出なかった試合でも、
「駄目なりに良かったところを探すようにしている」
という前向きな姿勢を崩さない。戦力外を経験したからこそ培われた、一打席一打席への執念とポジティブさが、9年目の飛躍を支えている。
チームを照らすムードメーカー「増男」
増田のもう一つの魅力は、その明るいキャラクターだ。本塁打を放った際には「増男(マスオー!)」とパフォーマンスを披露することで知られ、チームメイトからもファンからも愛される存在になっている。自身の役割について、こう語っている。
「どれだけ強く自分で自分を鼓舞できるかだと思う」
目標とする選手に松田宣浩の名を挙げる増田。長打力とバットコントロール、そして誰よりも高い声援でチームを鼓舞するムードメーカーとしての顔、その両方を併せ持つ稀有な選手だ。
横浜高校時代からの"打てる外野手"としての適性
増田の長打力の原点は、やはり横浜高校時代に遡る。強豪校の中でも1年夏からレギュラーを掴んだ実力は本物で、3年夏の神奈川県大会では大会新記録タイの4戦連発を含む5本塁打という記録を残している。プロ入り後、なかなか結果が出ない時期が続いても、スカウトやチーム関係者がその長打力に期待を寄せ続けたのは、この高校時代の実績があったからこそだろう。素質は決して失われていなかった、ということを2026年のシーズンが証明した形になる。
右投右打、内外野をこなす器用さ
増田のもう一つの武器は、その汎用性の高さにある。右投右打で外野手・内野手の両方をこなせるユーティリティ性は、控え選手として一軍に残り続けるうえで大きな強みとなった。2024年、2025年と出場機会が限られる中でも一軍登録を守り続けられたのは、この守備の柔軟性があったからこそ。そして迎えた2026年、ついに"控え"ではなく"スタメン"としての地位を掴み取った。
総括──戦力外から掴んだ、キャリアハイのシーズン
語学留学まで考えた崖っぷちから、9年目にして打率.288・自己最多7本塁打・オールスター初選出へ。増田珠のキャリアは、挫折してもなお前を向き続けることの尊さを教えてくれる。「マスオー」のパフォーマンスの裏にある、苦闘の歴史を知れば、そのホームランの価値はまた違って見えてくるはずだ。