ソフトバンクホークスが2026年のパ・リーグ優勝を決めた。優勝争いの決着がついた今、野球ファンの関心は個人タイトルであるパ・リーグMVPの行方に移っている。優勝チームからは栗原陵矢・近藤健介・前田悠伍という3人の最有力候補が名乗りを上げており、今季の最終盤の数字をもとに、WARを軸にしながら本塁打・打点・打率・勝敗・防御率・奪三振といった基本指標も交えて候補者を徹底比較する。
MVP選考では、しばしば「本塁打・打点のようなわかりやすいタイトル」と「WARやwRC+のような総合的な指標」の評価が食い違うことがある。今季のホークスの場合もまさにその構図で、候補者によって強みとする指標が異なる点が今回の見どころだ。
WARで見る候補者比較
まずは選手の総合的な価値を1つの数字で示すWARで、主要候補を並べてみよう。WARの基本的な考え方はWARとは?初心者にもわかりやすく解説を参照してほしい。
| 選手 | WAR | 打率 | 本塁打 | 打点 | OPS | wRC+ |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 近藤健介 | 8.5 | .307 | 28 | 98 | .991 | 189 |
| 栗原陵矢 | 7.4 | .268 | 37 | 111 | .924 | 170 |
| 正木智也 | 5.2 | .284 | 27 | 58 | .916 | 169 |
| 柳田悠岐 | 3.0 | .294 | 17 | 63 | .808 | 137 |
投手陣からは前田悠伍(Pit WAR1.7、12勝0敗、防御率1.90)が候補に挙がるが、打者陣とは指標の性質が異なるため、後ほど個別に見ていく。WARだけを見ると近藤健介が打撃陣で頭一つ抜けているが、本塁打・打点という分かりやすいタイトルでは栗原陵矢が独走している。ここに実際のMVP投票の難しさがある。
なお、表には入れていないが周東佑京もWAR5.9を記録しており、正木智也(5.2)・柳田悠岐(3.0)を上回っている点は見逃せない。打率.277・OPS.704と打撃成績自体は主軸に見劣りするものの、守備(Fielding RV+17.9)と走塁(Baserunning RV+9.8、盗塁28個)の価値がWARを大きく押し上げており、"数字の裏に隠れたMVP級の貢献"という観点では周東も無視できない存在だ。ただし本塁打・打点・防御率といった分かりやすいタイトルに乏しく、実際の投票で上位に食い込む可能性は高くないと見られる。この点は、WARという指標が持つ強みと弱みの両方を象徴していると言えるだろう。守備や走塁の価値を正しく評価できる一方で、投票という"人が数字以外の印象も加味して選ぶ"プロセスにおいては、必ずしもそのままの形で評価されるとは限らない。
栗原陵矢―本塁打・打点二冠のインパクト
今季のソフトバンク打線を牽引したのが栗原陵矢だ。37本塁打・111打点はいずれもチーム最多で、パ・リーグ全体で見てもトップクラスの数字。長打率.561、ISO(長打率-打率)は.293に達し、まさにリーグを代表する長距離砲としてのシーズンを送った。wRC+170という得点創出力の高さも、栗原が単なる本塁打・打点の"数字要員"ではないことを裏付けている。
一方で、打率.268はリーグの主要打者と比べるとやや見劣りし、走塁面のBaserunning RVもマイナスと、長打以外の局面での貢献は近藤ほど幅広くない。守備の評価(Fielding RV)もプラスではあるものの近藤や周東ほど突出してはおらず、あくまで「打つこと」に特化した価値の選手であることがデータからも読み取れる。それでも、優勝チームの主砲が本塁打・打点の二冠を手にするという分かりやすいストーリーは、MVP選考において極めて強い説得力を持つ。日本のプロ野球のMVP投票では、本塁打王・打点王といった目に見えるタイトルの保持者が高く評価される傾向が根強く、栗原のシーズンはまさにその典型例と言えるだろう。
近藤健介―WARトップ、隙のない総合力
WAR8.5でチーム最高、そして今季のパ・リーグ全体で見ても屈指の数字を記録しているのが近藤健介だ。打率.307、28本塁打、98打点、出塁率.430、OPS.991、wRC+189と、ほぼ全部門でリーグトップクラスの成績を残している。
特筆すべきは選球眼で、94個の四球に対し三振は85個と、四球が三振を上回るという稀有なバランスを実現しながら長打率.561という長打力も両立させている。守備でもプラスの貢献(Fielding RV+7.4)を残しており、打撃・選球眼・守備のいずれをとっても隙がない。
得点創出力を示すwRC+189は栗原の170を大きく上回り、リーグ全体で見ても最上位クラスの数字だ。得点創出という観点だけで見れば、近藤は栗原よりも多くの得点をチームにもたらしていた計算になる。実際の得点数を見ても近藤は84得点でチーム最多を記録しており、出塁率の高さがそのまま得点力に直結していることが分かる。栗原の82得点、正木智也の74得点と続くが、これは打点のような「他者の力を借りる」数字ではなく、自らが塁に出て自らの走力・状況判断で還ってきた回数という点で、より個人の実力を反映しやすい指標でもある。本塁打・打点というタイトルこそ栗原に譲るものの、総合力という観点では今季のパ・リーグで最も価値を生み出した打者と言っていいだろう。wRC+の仕組みについてはwRC+とは?100を基準にした得点創出力指標の見方を解説で詳しく解説している。
前田悠伍―12勝0敗の物語性とFIPが示す実力
投手陣からの最有力候補が、新人王資格を持つ21歳の前田悠伍だ。17試合に先発して12勝0敗、防御率1.90という、シーズンを通して一度も負け投手にならなかったという異例の成績を残した。
内容面でも、本塁打・四球・奪三振という投手自身でコントロールできる結果をもとに算出するFIPは2.92でリーグ上位の水準。K-BB%14.0%、被打率.216という数字も優秀で、「運や援護だけで勝ち続けた」わけではないことをデータが裏付けている。ただし防御率1.90とFIP2.92の間には1点近い差があり、味方の好守備やBABIP・残塁率といった「運」の要素にもある程度助けられていた可能性は否めない。防御率とFIPの関係についてはFIPとは?防御率に頼らない投手評価指標をわかりやすく解説も参照してほしい。
それでも、Pit WAR1.7という数字自体は投手として十分に評価に値する水準であり、「無敗のままシーズンを終えられるか」という物語性は、打撃部門の数字とはまた違った角度で投票者の心を動かす材料になるだろう。21歳という若さも含め、新人王とMVPの両方が視野に入る特別なシーズンを送っていることは間違いない。
なお、規定投球回(おおむねチームの試合数と同じ143回前後が目安)には投球回99.1回はまだ届いておらず、防御率などの公式タイトル争いという意味では上沢直之・大津亮介といった規定投球回に到達している先発陣の方が土俵に立ちやすい面もある。ただしMVPは規定投球回の有無にかかわらず選考対象となるため、勝敗という結果そのものが評価される可能性は十分にある。
次点候補―正木智也、柳田悠岐
最有力3人には一歩譲るものの、次点候補として名前が挙がるのが正木智也と柳田悠岐だ。
正木智也はWAR5.2、打率.284、27本塁打、wRC+169と、栗原・近藤に匹敵する打撃内容を残しながら、出場は93試合にとどまった。442打席で27本塁打というペースは、フルシーズン出場していれば近藤・栗原に迫る数字に到達していた可能性もあり、出場試合数の差がなければ最有力候補に食い込んでいたかもしれない。来季以降、ケガなくフルシーズンを戦い抜けるかが評価をさらに引き上げる鍵になる。
柳田悠岐はWAR3.0、打率.294、OPS.808、wRC+137と、37歳にしてなお高水準の成績を残している。四球25個に対し三振76個とやや積極的なアプローチだが、長年チームを支えてきたレジェンドらしい勝負強さは健在だ。本塁打17本・打点63と、インパクトの面では最有力3人にやや及ばないものの、キャリアを通じた実績も加味されれば、投票で一定の支持を集める可能性は十分にある。
| 選手 | WAR | 試合 | 打率 | 本塁打 | 打点 | OPS |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 正木智也 | 5.2 | 93 | .284 | 27 | 58 | .916 |
| 柳田悠岐 | 3.0 | 118 | .294 | 17 | 63 | .808 |
予想―数字が語る本命は近藤健介、物語性では栗原・前田も
WARという総合指標だけで見れば、近藤健介が今季のパ・リーグで最も価値を生み出した選手という結論になる。打率・出塁率・長打率・守備のすべてが高水準でまとまった「隙のなさ」は、単一のタイトルでは測れない価値であり、wRC+189という数字もリーグでも突出した水準にある。純粋なデータ野球の観点に立てば、近藤が本命という評価が最も妥当だろう。
一方で、過去のパ・リーグMVPの傾向を見ると、優勝チームから選出されるケースが大半を占め、特に本塁打・打点といった「分かりやすい」タイトルを獲得した選手が高く評価されやすい。栗原陵矢が本塁打・打点の二冠を手にした場合、実際の投票では栗原が有利に働く可能性も十分にある。長打力という一目で伝わるインパクトは、WARやwRC+のような専門的な指標を意識しない投票者にも訴求しやすい。
また、12勝0敗という前田悠伍の物語性も見逃せない。投手のシーズン成績としては規定投球回にわずかに届かない可能性もあるが、「負けなしでシーズンを終えたルーキー」という分かりやすいストーリーは、投票者の印象に強く残るはずだ。新人王との同時受賞という珍しい形も含め、話題性という点では3人の中でも際立っている。
データが示す実力では近藤健介が頭一つ抜けているが、実際の選考では栗原陵矢・前田悠伍を交えた三つ巴の争いになる可能性が高い。それぞれ異なるタイプの説得力を持つだけに、最終的にどの物差しが重視されるかによって結果は変わってきそうだ。ちなみに、WARの合計で見ると近藤(8.5)・栗原(7.4)・周東(5.9)・正木(5.2)という打撃陣の上位4人だけでチーム全体の価値の多くを占めており、今季のソフトバンクがいかに層の厚い打線だったかも、この争いの背景として改めて浮かび上がってくる。
まとめ
ソフトバンクの優勝が決まったことで、パ・リーグの関心は個人タイトル争いへとシフトしている。WARで見れば近藤健介が頭一つ抜けた総合力を示しているが、本塁打・打点二冠が視野に入る栗原陵矢、そして無敗のシーズンを狙う前田悠伍も、それぞれ異なる角度から強い説得力を持つ候補だ。正木智也・柳田悠岐の追い上げにも注目しながら、シーズン終了、そしてMVP発表までデータの推移を追っていきたい。
優勝チームの選手層の厚さそのものが、今回のMVP争いを混戦にしている最大の要因とも言える。1人のスーパースターに頼らず、複数の選手がそれぞれ異なる形でチームに貢献してきたシーズンだったからこそ、最終的に誰が選ばれても納得感のある結果になりそうだ。